やってないのにできないのは当たり前だろう

やるからできるようになる。

やらないうちからできないかもしれない、は意味がわからない。それはできないだろう。やってないんだから。ちょっとやってみて難しい〜となるのはまだわかるがそれもどう考えても甘い。

「やるんじゃ〜!」っていってしばらく一切の感情的判断を挟まずに淡々とそれに向き合っていたらそれなりにはできるようになる。そのとき楽しいと思うかもしれないし、思わないかもしれないけど。そのくらいの段階で続けるかどうか判断してみてもよいのではなかろうか。

あまりに早期に見切っていては何も続かないし、自分の才能()なんてものが見つかるはずもない。遺伝的な向き不向きはあるとしても、それ以前のところで躓いていないだろうか。その点だけはよく考えてみたほうが良い。すべてを先天的な要因として片付けてしまうなら、最初から何もしないほうがいい。そういう生き方もある。でも、何かやってみたいと思って色々手を出しているんだろうから、どうせならもっと「オラー!」と続けてみたらいいのにという話。